データの可視化は、大量のデータを視覚的表現に変えて理解する手法で、多くの技術者やコミュニティなどがビッグデータを芸術的にレンダリングするなどしてちまたを賑わしている技術です。データの可視化は便利で人の目を引きやすいものの、過度に依存すると、データに対する多種多様な接触機会がビジュアルのみに制限され、特に視覚障害をもつ人々が排除されてしまう可能性があります。
そこで登場したのが、データソニフィケーションという、データを音としてレンダリングする新しい手法です。データ専門家の数が増えるにつれて、ソニフィケーションは彼らにデータについての新たな考え方を提供し、大規模データのインサイトを解析、検討して共有するための新しい方法をもたらします。同時に、この手法は科学コミュニケーションとアクセシビリティにも多大な影響を与えています。
データソニフィケーションは音波を介してデータを音で表現する方法です。データの可視化では位置や色という表現方法を使用して意味を伝えますが、ソニフィケーションはデータをピッチや音量、テンポで表します。音による表現には当然技術が必要ですが、加えて芸術的な観点も重要です。
「データソニフィケーションは、心地よく、興味深く、啓発的に聞こえる方法でデータを表現する手法です」と、Jeff Cooke氏は述べています。彼はスウィンバーン工科大学の天文学教授であり、ソニフィケーション分野のパイオニアの一人でもあります。「音の特性を利用してデータを多次元的に理解し、ノイズの多い環境からデータを取り出すことで、データに関する理解の速度を速めようと取り組んでいます」と彼は語ります。
Cooke氏は、数時間からミリ秒単位の速度で経過する宇宙空間での高速過渡現象の研究にソニフィケーション技術を使用しています。
「この技術は、地球上では作り出せない極限物理特性や、元素が作られた場所やその方法、あるいは宇宙の膨張率などを学ぶのに役立ちます」と彼は説明しています。「この技術を使用したプログラムは、地球上や宇宙空間にあるすべての望遠鏡を連携させ、大量かつ多様なデータを同時に収集することを目的としています」。
「ただし、この作業は時間との戦いです」と彼は言います。
Cooke氏と彼のチームは、カクテルパーティ効果 (騒がしい環境でもかすかな音を拾うという人間の脳の働き) やソニフィケーション技術などを活用してデータを分析しています。Cooke氏と、そして世界中で働く彼のチームは、ソニフィケーション技術により音として表現されたデータを大量にヒアリングすることで自身の耳をトレーニングし、データの特性を理解しながら別の望遠鏡が捕えたデータを分析します。せっかく捕えたデータが消えてしまう前にこれらの作業を継続して行い、必要な詳細情報を収集することが大切です。
「人間は、見るよりも速く聞くことができます。これは直感に反するように感じるかもしれませんが、本当です。耳を鍛えれば、音による情報について迅速に判断を下せるようになります」と彼は述べます。
これらの効果すべてを組み合わせれば、ソニフィケーションは強力なツールになります。知られざる宇宙の本質を表現し、異質な環境を人文景観に変えることが可能となるのです。
ソニフィケーションはデータサイエンティストや研究者だけのツールではありません。視覚的なものと同様に、音という手段を活用することで、科学コミュニケーションにおいても重要な役割を果たします。
宇宙からの写真は人々の想像力をかきたてます。加えて、NASAはソニフィケーションを活用して人類初の星間空間への進出を表現しています。South by Southwest EDU(※)にてフルートソロで披露された曲は、NASAのボイジャー1号と銀河系環境の特徴を表し、地球外環境に人間の存在意味を与えようとしています。
※South by Southwest EDU (SXSW EDU)…毎年3月に米国テキサス州オースティンで開催され、教育と学習の未来を創造することを目的に、カンファレンスやワークショップ、博覧会、映画上映やコンテストなどが行われるイベント
ソニフィケーションは、科学的発見を広めるだけでなく、アクセシビリティの世界にも新たな機会をもたらします。特に視覚障がい者にとって、ソニフィケーションは研究やSTEM教育への新しい道を開くものとなります。
「学生時代、チャートやグラフをどれだけ目にしましたか?ビジネスパーソンとなったいま、今日はいくつ見ましたか?私たちは当然の日常として日々を過ごしています」と、Geneva Lake Astrophysics and STEAM Inc. の教育ディレクターであるKate Meredith氏は述べます。
研究者の長い研究人生を振り返ると、彼らはチャートやグラフを眺めるのに信じられないほど長い時間を費やしています。多くの人にとって何気ない日々の習慣となっている作業が、研究者にとっては大きなハードルとなる場合もあります。ソニフィケーションは、科学や研究においてこれまで過小評価されてきた大きな苦労に対して、新たな選択肢を与えることができます。
「人々のエンパワーメントという観点から、ソニフィケーションは早い段階でSTEM教育から排除されてしまう学生たちに新たな機会を与える手段になると、私は信じています」とMeredith氏は語ります。「公平な競争の場を作ることで公平性が高まり、より優れた科学者を生むことにつながります」。
その精神が、Meredith氏、Cooke氏、そして彼らの仲間を突き動かしています。ソニフィケーションの世界は始まったばかりでまだ小規模であるため、取り組みの多くは「Sonification World Chat」を通じて情報収集が行われています。ここでは、新生のコミュニティがつながりを築き、世界中のソニフィケーションプロジェクトから専門知識、才能、資金が集まっています。
「世界中に、広範囲に分散した草の根的なソニフィケーション情報の共有は、その進化において非常に素晴らしい活動だと思います」とMeredith氏は述べます。「データ、コーディング、アーティスト、教育者など、多岐にわたる分野の研究者が関与しており、アクセス、公平性、グローバルエンゲージメントにおいても強力なツールであると言えます」。
「個人で解決するのではなく、集団で解決するのがベストなのです」と彼女は述べました。
ソニフィケーションのメリットは明白かつ多数ありますが、このデータサイエンス手法を広範に導入するには大きな課題が残ります。多くの研究ツールと同様に、常に悩みの種となっているのは資金調達です。
「私は、晴眼者が資金調達を支援すべきであると考えています」と語るCooke氏の意見にMeredith氏も同意します。
「資金調達においても、開発においても、これはニッチな技術だと認識されています」とMeredith氏は述べます。「ソニフィケーションは、すべての人にとって、科学コミュニケーションの重要なツールであるということを証明するには、まずソニフィケーションに対する認識を変えなければなりません」。
現状、ソニフィケーションツールの開発はオーダーメイドであり、特定のケースごとにソフトウェア開発や技術開発が行われています。Cooke氏とSonification World Chatの彼の仲間はツールの一部を一元化し、できれば商品化することを目指しています。Meredith氏のビジョンはさらに壮大です。
「Excelのグラフ(表作成)ツールをイメージしてください」と彼女は言います。「将来的にこの分野に必要なのはExcelのグラフツールのように簡単で扱いやすく、ユビキタスにソニフィケーションを行えるようになることです」。
文中イラスト: Rachel Garcera
著者: Thomas Ebrahimi
※Western Digital BLOG 記事(JULY 11, 2023)を翻訳して掲載しています。原文はこちら。