2023年07月14日
リチャージ:より優れたバッテリーを作るためのデータとは?

電気自動車への動力供給や再生可能なエネルギー網の実現において、バッテリー、特にリチウムイオン電池は、より持続可能な未来の中核となるものです。また、バッテリーのライフサイクルや経年劣化は、科学者やエンジニアにとって、まだまだ解明しなければならない不透明な点が残されています。バッテリーに関するデータの活用によって、エンジニアたちはその可能性を探り、電化された未来を解き明かすための新しい知見を得る段階に来ています。

バッテリーセルの内部に迫る

バッテリーメーカーや科学者にとって、その検証データを収集することは至難の業です。コストがかかり、高度な技術を必要とする領域なのです。メリーランド大学の先端ライフサイクル工学センター創設者のMichael Pecht教授は、自身の研究を通じてこの問題の対処方法を探っています。
「私のチームが注力している研究はユーザー、つまり消費者の保護です。彼らの安全と快適への追及を真剣に考えています。」と教授は述べています。Pecht教授と彼のチームは、バッテリーの研究に先進的なデータサイエンス技術を適用し、安全性と信頼性に焦点を当てた数多くの研究結果とデータを一般に公開しています。しかし、その内部構造を検証、測定することは、技術面のみならず資金的においても簡単な取り組みではありません。
「私たちは通常、センサーが取得するあらゆるデータから、バッテリーの健全度を理解しようと努力しています。」と教授は説明します。「得られるデータによって電流、温度、充放電サイクルなどの使用状況を測定することはできますが、それだけでは十分ではありません。バッテリーはケースに密閉され、電気系統に接続されているため、その内部に踏み込むことが難しいのです。X線や組み込みシステムを活用することも検証方法のひとつとして実施していますが、これらの作業には相当数の時間とコストがかかるため、今日の製品に組み込むことは簡単ではありません」。
この課題は、あらゆる種類の電子機器に搭載されているリチウムイオン電池に当てはまりますが、電気自動車(EV)については、さらに規模の点で特有の課題があります。「EVのバッテリーパックには2,000個ものバッテリーセルが搭載されていますが、開発メーカーとしてすべてのバッテリーセルに温度センサーを付けることは、コストの面から、あるいは作業工程の効率化の面からも現実的ではありません。そのため、わずか1個のセルが異常をきたし過熱しただけで、バッテリーセル全体に重大な障害を引き起こす可能性があります。」とPecht教授は付け加えています。

バッテリーのデータはどこにあるのか?

Pecht教授のチームは、バッテリーに関するデータがなかなか収集できないという課題に直面してします。
エディンバラ大学の研究者たちは、公開されているデータを集約し、この未来を切り拓く技術の研究開発を続けるために、より多くのデータセットが不可欠であると言っています。彼らもPecht教授と同様に、動作温度、充電間隔、使用状況など、テストすべき変数の数が膨大になるため、この研究には高額の予算と多大な時間が必要になると考えています。ワシントン大学によると、たとえばリチウムイオン電池の内部調査に必要なX線技術にはおよそ10億ドルの資金が必要になるそうです。
NASAのような巨大な公的機関がデータを公開しているにもかかわらず、あらゆるデータを入手し分析が必要であるこの業界では、残念ながらその域には達していません。バッテリーの進化には、その革新と開発により多くの情報が必要なのです。データの入手が難しい理由のひとつに知的財産法があります。製品がこの法律によって保護されているため、研究に必要なデータの多くは業界全体で共有されることがありません。わずかに公開されている情報も詳細に欠けているため、科学コミュニティではバッテリーゲノムプロジェクトとして製品に関する情報の共有を進める施策が支持され始めています。アルゴンヌ国立研究所の研究者らは、「バッテリーデータ科学のルネッサンスへ向けての主な障害は、現在の分断化されたエコシステムでは、必要となる大量の高品質データが利用できないことである。」と主張しています。
多くのデータが利用できなければバッテリー業界のイノベーションは遅れ、研究の活性化も望めなくなってしまいます。

バッテリーデータを解き放つReJoule社の挑戦

この課題の解決に興味を持っているのは学術界だけではありません。ReJoule社は、優れた気候情報技術の新興企業ですが、バッテリーの検証、診断にも力を入れています。バッテリーの健全性を示すデータを抽出することで、電気自動車や電池エネルギー貯蔵システムのライフサイクルを効率よく管理するシステムを推進しています。
同社の最高財務責任者であるZora Chung氏は、次のように述べています。「私たちReJoule社は、循環型経済の実現を目指して研究を開始しました。バッテリーを循環させるのです。そのファーストライフを出来る限り長くするのはもちろんですが、劣化により処分する場合でも廃棄することに責任を持つというものです」。同社は独自の技術を使い、他から収集したデータや自社で集めたデータを検証、分析し、バッテリーの健全性をモニターするデバイスを開発しています。そしてバッテリーがファーストライフのみでその生涯を終えるのではなく、異なる使い方を見出し、セカンドライフの用途に適合するよう支援していくのです。

バッテリーを循環させ、ファーストライフを出来る限り長くするだけでなく、適合するセカンドライフを提案し、そして最後は可能な限り責任を持って廃棄すること

「当社の技術は、電気化学インピーダンス分光法(EIS)と呼ばれるプロセスに基づいています。基本的には、正弦波を入力してバッテリーの反応を測定します。このプロセスは世界中の研究所でセルの測定に使われています。」とChung氏は説明しています。「バッテリーには電圧、電流、温度などのデータが蓄積されているものの、健全性を包括的に把握するにはそれだけでは足りません。EISを通じて収集されるACインピーダンスによって、バッテリーの健全性を正しく理解することができます。これにより、劣化曲線を描き、実際にバッテリーの経時変化をモニターすることができるのです」。
この新たなデータはReJoule社のビジネスプランの一部となっています。このデータによってバッテリーメーカーはセルの良し悪しを識別できるだけでなく、例えば中古車市場で売りに出された中古EVの価値をより正確に判断するなど、バッテリーエコシステムの機会を大きく広げ、その寿命を延ばすことを目指しています。
「当社が行っているバッテリーデータの取組みには、いくつかの長期的な使命があると考えています。まずはバッテリーのセカンドライフの用途を見つけて循環型経済を実現することです。」とChung氏は語ります。「そして次に、その基準を制定する際に我々が一端を担う使命があると考えています。現在、バッテリー業界は、例えるなら、西部開拓時代のような状況にあります。」と彼女は続けます。「一般消費者向けのバッテリーは企業向けの組み込みタイプと構造が異なるため、その解体プロセスを自動化することは現時点では難しいです。しかしデータを提供できれば、これらのバッテリーシステムの基準を制定し、循環性を改善することができるようになります」。

今あるものを最大限に活用する

課題や未知の部分が多くとも、バッテリーは電化の推進と脱炭素化経済の取組みには無くてはならない存在です。自動車への電力供給から、発展途上国におけるガスエンジン発電機の代替まで、バッテリーはより持続可能な未来に向けた重要なツールとなるため、そのデータは不可欠なものです。
データを通じて、開発メーカー、自動車会社、そしてわたしたち消費者は、長寿命バッテリーの製造方法、ライフサイクルを延長する方法、そして再利用する分野について、より多くの情報を得ることができます。これらは地球上から大気汚染物質を取り除き、廃棄バッテリーを地球から無くすことに一役を担います。
バッテリーに関するデータをさらに深く追求することは、「作って、使って、捨てる」という直線的な経済を、「作って、使って、新たな利用価値を見出して、さらに使う」というように、捨てずに再利用することで、より循環的な姿に変えることができると考えます。
それはわたしたち人間、そして地球の幸せな繁栄のためなのです。

著者: Thomas Ebrahimi
※Western Digital BLOG 記事(JANUARY 24, 2023)を翻訳して掲載しています。原文はこちら

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