2022年07月08日
ePMRの魅力

イノベーションがひらめく瞬間は、ときとして別の目的を追求する過程で訪れるものです。
ウエスタンデジタルのエンジニアがePMR(エネルギーアシスト垂直磁気記録)を使用してハードディスクドライブ(HDD)の容量を大幅に増やす方法を発見したのは、別のエネルギーアシスト磁気記録(EAMR)技術の研究開発を進めていたときでした。パフォーマンスや信頼性を犠牲にすることなくHDDプラッター当たりの容量を増やすという課題に、ePMRは確かな答えを与えました。
「ePMRは、記録テクノロジーを水平記録から垂直記録に移行した意味で、過去15年間で最大の進歩でした」とウエスタンデジタルでシニアバイスプレジデント兼HDD担当最高技術責任者を務めるCarl Cheは述べています。

ePMRとは?

技術概要の説明にあるように、ハードドライブのプラッターの面密度を増やす方法には2つあります。1インチあたりのトラック数(TPI)を増やす方法と、1インチあたりのビット数(BPI)を増やす方法です。

ePMRはBPIを増やす方式であり、書き込み操作中に書き込みヘッドの主磁極に電流を印加します。この電流によって書き込みヘッドの磁化反転の安定性と速度が向上し、タイミングジッターが減少します。その結果、書き込むデータビット間の距離を狭めることができるため、BPIが増え、面密度が向上します。
ウエスタンデジタルのHDD事業部門で研究開発エンジニアリングのシニアディレクターを務めるPaul Peckは次のように述べています。「従来の垂直磁気記録(PMR)は、電流をコイルに流すことで磁界を発生させます。この磁界が、媒体表面に極めて近い距離にある書き込み磁極構造を磁化します。次に、書き込み磁極で発生した磁界が、媒体の磁性粒子を特定の方向に並べることで、ビットが記録されます」。

「ePMRでは、追加の電流を印加することで、書き込みメカニズムの精度を高めました。それにより、書き込むビット間の距離をさらに縮め、各トラックにより多くのビットを書き込めるようになりました」。

ePMRを特許に導いた偉大なアイデア

先進磁気記録部門のシニアテクノロジスト、Terry Olsonは、ウエスタンデジタルの多くのePMR特許のうち、直流磁界発生層に電流を流す特許の主たる発明者であり、この画期的なテクノロジーの発明で功績を認められました。この特許は、1万3,700件を超えるウエスタンデジタルの特許の1つです。
ウエスタンデジタルのエンジニアは、面密度を高めるためにエネルギーアシスト方式を開発していたとき、当初は、媒体表面のごく近くにある書き込みヘッド内の磁気デバイスの磁化を反転させるために電流を使用しようとしていました。この試みは成功したものの、その過程で判明したことは、電流を誤った方向(たとえば、磁気デバイスの磁化が反転しない方向)に流しても、あるいは追加の磁気デバイスがまったく存在しない場合でも、パフォーマンスが向上するということでした。つまり、電流だけで改善が可能なのです。
開発本部のエンジニアが慎重に実験を重ね、ヘッドと媒体間の距離の変化といった他の可能性を除去したところ、この改善結果が正しいことが判明しました。

開発本部の技術者、Asif Bashirは、この新しい発見の背後にある物理現象を理解するためにマイクロ磁気モデリングを実行しました。彼が発見したのは、媒体表面のごく近くにある書き込みヘッド構造に電流を流すと、書き込みヘッド固有のタイミングジッターが大幅に減少することでした。タイミングジッターは書き込み処理中にノイズを引き起こし、書き込みがわずかに不安定になる要因となっていました。
Olsonは述べています。「有効電流をギャップ内の磁気デバイスに流す場合、磁気デバイスは書き込みヘッドの一部を電流の通り道として使用しなければならないことがわかりました。これがひらめきの瞬間でした。書き込みヘッドに電流を流せば十分であり、小さな磁気デバイスが発熱するのなら、磁気デバイスを取り除いて、書き込みヘッド内のもっと大きな部分に電流を流してみてはどうかと思ったのです」。
ビットを反転する(各ビットに格納する0と1の向きを変更する)ために磁気デバイスを使用する代わりに、書き込みヘッド内の別の部分に電流を流せば、書き込みヘッドの磁化反転が容易になります。これは、媒体ビットの磁化反転のために、より安定した経路が作成されるためです。より安定した磁路を適用することで、複数の書き込みデータの波形が安定します。その結果、生成される書き込み信号が安定し、ジッターが大幅に減少します。ジッターが減少すると、書き込まれるビット間の物理的なスペースを最小限に抑えることができ、BPIが増え、面密度が向上します。

バランスの見極め

ePMRの開発で重要な検討事項の1つは、電流による発熱でした。電流が大きすぎるとシステムのオーバーヒートが発生しますが、反対に小さすぎると、このテクノロジーの能力をフル活用できません。デバイスの信頼性とパフォーマンスを損なわない最適な量の電流を見つけることが不可欠でした。「発熱するのは、電流を流す領域がわずか数十ナノメートルであるためです。これは毛髪1本を1,000本に分けた太さに相当します。それぐらい小さいのです」とOlsonは述べています。
書き込みヘッドの発熱に加え、ディスク自体の温度も問題になる可能性がありました。Olsonは述べています。「ビットが小さくなると、熱安定性と書き込み能力のトレードオフが必要になります。SN比、書き込み能力、熱安定性の間でバランスをとらねばなりません。面密度を増やしたい場合、トラックを狭くしてディスクに書き込むデータを増やすために、書き込みヘッドの磁界を維持すると同時に、書き込み幅を削減する必要があります。しかし磁場勾配、つまり磁化反転の速度を改善することも必要です。上向きのビットから下向きのビットへの磁化反転が迅速にできれば、移行は非常に円滑になります」。

物理現象とサイズ

Olsonが所属するEric Roddickのチームには多くの物理学者が在籍し、その大半はシミュレーションを使用して業務を行っています。人間の目には見えない小さいパーツが対象であるためです。
Olsonは述べています。「HDDのヘッドは、ディスクから約10nmの高さで移動します。幅は約50nm、つまりディスクからの距離の約5倍です。通常の顕微鏡では、可視光を使用するため、実際の書き込みヘッドを見ることはできません。私たちは電子顕微鏡で微粒子(電子)をあてながらヘッドを観察しています。10nmの高さとは、ボーイング747が地面から1インチ(2.54cm)足らずの高さで飛行するのと同じなのです」。
先進磁気記録部門は、ハードドライブの部品を物理的に触れたり測定したりする代わりに、シミュレーションによって測定値からデータを解析しています。 彼らは最前線で新しいテクノロジーのメリットを評価し、モデルを使用して成否の解析を行っています。

初のePMRの実装

エネルギーアシストPMR(ePMR)は、従来の垂直磁気記録(PMR)を拡張するために初めて実装されたEAMRです。EAMRテクノロジーを使用する業界初のHDDは、ウエスタンデジタルの企業向け大容量HDD、Ultrastar DC HC550 18TB(※) CMR HDDとUltrastar DC HC650 20TB SMR HDDです。

40年以上に渡り、ウエスタンデジタルは、クラウドとハイパースケールを対象としたストレージ、巨大な高密度データセンター、コンテンツ配信ネットワーク、コマースといった各業界の需要に応えるべく、HDD容量の拡大に取り組んできました。社会が求めるデータの急速な拡大に対応できるよう、当社は引き続き技術革新に努めてまいります。ePMRはHDDにマジックをもたらすテクノロジーのひとつなのです。

※ 1テラバイト(TB)は1兆バイトに相当します。なお、実際の容量は操作環境により少なくなる場合があります。

著者: Anne Herreria

※Western Digital BLOG 記事(AUGUST 19, 2021)を翻訳して掲載しています。原文はこちら

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