2021年12月24日
データの味わい:データがもたらす酒造業界レボリューション

人類は太古の時代からお酒を造ってきました。それは祖先から続く、私たちの日々の生活の一部であり、いつの時代にも献身的で才能のある職人達が、私たちの喉の渇きを癒してくれました。世界最古のビール醸造所は、1040年にドイツのフライジング市に設立され、現在も操業中のヴァイエンシュテファン・アビー(Weihenstephan Abbey)です。そして、ワインやスピリッツにおいてもビール同様の長い歴史と伝統があります。

醸造の伝統は脈々と受け継がれ、何世紀もかけて磨かれてきました。古代から時の試練を経て現代に至った酒造りの技は、多くの人々にとって変わらない、確固たるものとして捉えられてきました。しかしこの見方は、データ・ドリブン分析の台頭と共に、急速に変化しています。かつては、醸造のタイミング、材料レシピや製造のプロセスは職人の直感や体験から得た職人技に委ねられてきましたが、現在ではそれらがデータで確認できるようになりました。醸造所、ワインメーカー、蒸留酒製造所は、データから得た優れた知識を活用することで、酒造の科学と匠の技をこれまで以上に制御できるようになりました。

緻密な制御が可能になったことで、かつてないほど高度な酒の発酵、醸造、これらの情報の整理分類が可能になったのです。

発酵を促す

現在、酒造家は圧倒的な知識を持って穀物のデータにアクセスしています。お酒の原料となるブドウや穀物を見極め、適切に管理することは、酒職人が革新を起こし卓越するための第一歩です。ワイナリーのパルマッツ・ヴィンヤード(Palmaz Vineyards)は、このことを熟知しています。1997年に設立された酒造会社のパルマッツは、事業全体にビッグデータ・アプリケーションを導入しています。赤外線を使って、ブドウの葉の葉緑素数をマルチスペクトルカメラで計測し、X線画像で植物内の水分レベルを測定しています。

ビールもまた、原料に関する正確な情報の恩恵を受けています。デンマークのカールスバーグ・ビール醸造所は、「おそらく世界最高のビール」と彼らが考えているビールを醸造するために、この情報を活用しています。2018年、大手ビールメーカーのカールスバーグは、さまざまな醸造原料の風味と香りのプロフィールをカタログ化し、原料の処理や組み合わせに基づいて味を予測するプロジェクトを開始しました。デンマークの大学と提携し、発酵プロセス全体に最先端のセンサーを導入してデータを収集しました。

醸造を促す

原料は最初のステップに過ぎません。多くの場合、醸造、熟成、蒸溜にこそ匠の技があり、データはそれらの伝統的なプロセスと緊密に結びつきます。今やデータはプロセスに力を与え、勤勉で革新的な職人の目を惹きつけ、新たな道を切り開いています。マサチューセッツ州ケンブリッジにあるクラフトビール醸造所、ランプライター・ブルワリー(Lamplighter Brewery)のグレース・バンバレー(Grace VanValey)氏は、セラーおよび品質管理の責任者として創造力を発揮しています。彼女の役割は、主に醸造所のデータを活用して、品質と一貫性を確保することに重点を置いていますが、すでに収集しているデータを調査することで計り知れない可能性があると見ています。

バンバレー氏はインタビューの中で、常に斬新な味とブレンドを探して、新しいビールを追求していることを明かしています。「現在、IPA(インディアペールエール※)が極めて順調だからといって、それがすべてではありません」と語るバンバレー氏は、熱意と驚異の念をもって、データが醸造業者に力を与えるさまざまな方法を紹介しました。「今、ビールについての情報はかつてないほど溢れています」と彼女は続けます。「どのようにして作られたのか、なぜそのように作られたのか、どのような結果になったのか。それは個々のビールの物語なのです」。データは、醸造の伝統的な基本部分をさまざまな方法で補完してくれます。

バンバレー氏は今の仕事を愛しており、体を張って、そして創造力を持って挑戦することに喜びを感じています。彼女は職人技が不要となる醸造方法を極めることに情熱を傾けています。そして何よりも、自分だけのオリジナルビールを作ることが大好きなのです。強化されたデータと、創造力豊かな感性を活かして独自の地ビールを作り、友人やテイスティングルームの常連客と共に味わうことに取り組んでいます。

「私は自分が好きなものを作りたいと思っています。そして、友人や常連のお客様と共有して、そのビールが、なぜ、どのようにして作られたのかを知ってもらいたいのです」と彼女は語っています。

AI仮想ソムリエおすすめのワイン

しかし、いくら革新的な取組みをしても、実際に商品が人の手に渡らなければ何の意味もありません。ありがたいことに、データはさまざまなキュレーション・システムに組み込まれているため、がっかりすることはありません。個別にキュレーションされたリストをカタログ化してユーザーに提供しようとしている企業があるのに対して、WineCab社は、よりダイナミックな試みとして、リアルタイムの仮想ソムリエを提供しています。

同社の新しいIoTデバイスのワインセラーWineWallは、最高60万種類のビンテージラベルを識別し、高速ロボットアームを使用して温度管理された保管庫からボトルを取り出すことができます。これは一例にすぎません。WineWallはまた、AIを使用して料理とワインの組み合わせをアドバイスします。これは、個人の好みを反映したユーザーデータを使用することで、アドバイスが単なる一般的なクエリ・ルールではなく、確実にパーソナライズされたものになります。WineWallは、地元レストランのソムリエの専門知識と親密さを再現しようとしています。あなたの顔を覚えていて、赤ワインのアレルギーがあることを思い出し、白だけを持ってきてくれるのです。

目前に迫る革新

ブドウ畑からグラスの底の最後の一滴まで、データは歴史のある産業にイノベーションと興奮をもたらします。先駆者たちは、世界中のグラスを満たす方法を再定義しています。しかし、この新しい波は、世界中の由緒ある伝統を完全に置き換えるのもではないことは留意すべきです。伝統を失うのではなく、より良いものにするということです。バンバレー氏と酒造業界の関係者にとって、新しいデータ・ドリブン型プロセスはビールの歴史の一部であり、取って代わるものではありません。酒職人の作業の大半は時間と空間に縛られており、同じ酒は二度と作ることはできません。しかし、データさえあれば、なぜうまくいったのかを理解し、次にもっとおいしいお酒を作ることが可能になるのです。

※IPA(インディア・ペール・エール)…ビールの原材料のひとつである「ホップ」を増量してつくられるビール。もともとはインドが英国の植民地であった頃に、英国本土からインドに住む英国人へ向けて送られたビールで、防腐剤の役割をもつホップを通常に比べて多めに使用して作られたもの。ホップのもつ香りや苦味が一般的なビールと比べると強い。

著者: Thomas Ebrahimi
※Western Digital BLOG 記事(MARCH 29, 2021)を翻訳して掲載しています。原文はこちら

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